モチベーション
社会の不確実性やサービスシステムの構造的欠陥を背景に、サービス倫理に注目が集まりつつあります。サービス倫理には、(1) 社会正義に叶うサービスをつくり実践すること、(2) 画一的な答えのない状況においても目的(ウェルビーイング)を目指して実践を続けること、といった2つの方向性があると考えます。本研究は(2)に焦点を当てます。先行研究では、そうした答えがない状況がいかにして生じるかが研究されてきましたが、実践を続けるために何が必要かは明らかにされていません。そこで本研究では、困難な状況に直面しながらも、サービス交換を継続する推進力は何か?という問いに取り組みます。また、不確実さや困難を受け入れて活動するための力として、希望の概念に着目します。
研究方法
本研究では、文献調査に基づき概念的なモデルを提案します。希望は、さまざまな研究分野でさまざまな捉え方がなされています。それらを調査した結果、希望概念の本質を捉えることのできる2つの軸を抽出しました。1つ目が、希望という精神状態に関する軸で、目標設定やそこに至る経路のような認知的なものと、恐怖や開かれのような感情的なものがあります。希望はその双方として扱うことができます。2つ目が、希望の形成プロセスに関する軸で、そこには過去の自己を評価する方向性と、未来に向けて自己を投射する投企的な方向性があります。希望の形成にはその2つが必要です。以上の結果を、サービス研究の文脈に適用し、演繹的にサービス交換を継続する推進力を導出しました。
参考:希望の定義例
・目標に到達できるという期待(Stotland, 1969)
・来るべき未来の状況に明るさがあるという感知に伴う快調をおびた感情(北村, 1983)
・相互に関連するエージェンシーと経路の2つの信念により導かれる前向きな動機づけの状態(Snyder, 1991)
・(超越的希望)不確実性を受け入れ、変化や新しい物事に開かれた状態(Lawrence & Maitlis, 2012)
提案
既存研究における希望概念は個人主義的なところがあります。サービス研究の文脈に適用するうえで、本研究では、希望を個人に内在するものでも、逆に他力本願的なものでもなく、相互依存的な関係性のなかで立ち現れる能力(Capability)として扱います。なぜなら、個人の能力だけに頼り切りになることが、ウェルビーイングに関わる様々な問題を浮上させてきたからです。本研究では希望する能力を、生活者とサービス提供者の関係性において発揮されるサービス交換の継続能力と定義し、構想、省察、受容、励起の4つの能力を提示します。
- 認知-投企:構想する能力(Imaging)
事前に目標を持ったりそれを達成するイメージを持ったりする能力 - 認知-評価:省察する能力(Reflecting)
サービス交換の中で適切なリフレクションを行う能力 - 感情-評価:受容する能力(Appreciating)
サービス交換の中で交換行為を成功体験として捉える能力 - 感情-投企:励起する能力(Energizing)
これからのサービス交換を動機づける能力
これら4つの能力が連鎖的に発揮されることで、困難な状況、コントロールのできない状況に際しても絶望へと陥らずにサービス交換を継続させ、必要であれば目標をアップデートしつつウェルビーイングに近づいていけると考えます。それを描いたのが図中の渦巻です。本文4章では、予防歯科のサービス体験の例を描いて、これを説明していますので、ぜひご参照ください。
ディスカッション
本研究の貢献は、希望の概念を輸入して4つの能力を示したことと、それらの連鎖的な発揮によりサービス交換が継続されることをモデル化したことの2点だと考えます。サービス倫理は、希望を維持するための営為であり、また希望によって保たれるものでもあると考えられます。今後の方向性としては、(1) 希望する能力の発揮を測る方法の確立と、(2) 生活者を中心にして二者間の関係よりも広い視点で考察を深めることを考えています。このあたりについてコメントや示唆をいただけるとありがたいです。
考えてみたい方向けの文献情報
サービス倫理
- Anderson, L., Spanjol, J., Jefferies, J. G., Ostrom, A. L., Nations Baker, C., Bone, S. A., … Rapp, J. M. (2016). Responsibility and Well-Being: Resource Integration Under Responsibilization in Expert Services. Journal of Public Policy & Marketing, 35(2), 262–279. https://doi.org/10.1509/jppm.15.140
- Parsons, E., Kearney, T., Surman, E., Cappellini, B., Moffat, S., Harman, V., & Scheurenbrand, K. (2021). Who really cares? Introducing an ‘Ethics of Care’ to debates on transformative value co-creation. Journal of Business Research, 122 (February), 794–804. https://doi.org/10.1016/j.jbusres.2020.06.058
- Varman, R., Vijay, D., & Skålén, P. (2021). The Conflicting Conventions of Care: Transformative Service as Justice and Agape. Journal of Service Research, Online first. https://doi.org/10.1177/10946705211018503
希望
- Stotland, E. (1969). The psychology of hope. Jossey-Bass.
- 北村晴郎 (1983). 希望の心理―自分を生かす―, 金子書房.
- Snyder, C. R., Harris, C., Anderson, J. R., Holleran, S. A., Irving, L. M., Sigmon, S. T., … Harney, P. (1991). The will and the ways: Development and validation of an individual-differences measure of hope. Journal of Personality and Social Psychology, 60(4), 570–585. https://doi.org/10.1037/0022-3514.60.4.570
- Lawrence, T. B., & Maitlis, S. (2012). Care and possibility: Enacting an ethic of care through narrative practice. Academy of Management Review, 37(4), 641–663. https://doi.org/10.5465/amr.2010.0466
謝辞
本研究は、academist Grant×Santenの助成を受けて実施したものです。また、本研究の一部はJSPS科研費20K20128の助成を受けて実施したものです。ここに謝意を記します。