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サービス学会第10回国内大会 「サービス倫理と希望」(根本・ホー)ダイジェスト

モチベーション

社会の不確実性やサービスシステムの構造的欠陥を背景に、サービス倫理に注目が集まりつつあります。サービス倫理には、(1) 社会正義に叶うサービスをつくり実践すること、(2) 画一的な答えのない状況においても目的(ウェルビーイング)を目指して実践を続けること、といった2つの方向性があると考えます。本研究は(2)に焦点を当てます。先行研究では、そうした答えがない状況がいかにして生じるかが研究されてきましたが、実践を続けるために何が必要かは明らかにされていません。そこで本研究では、困難な状況に直面しながらも、サービス交換を継続する推進力は何か?という問いに取り組みます。また、不確実さや困難を受け入れて活動するための力として、希望の概念に着目します。

研究方法

本研究では、文献調査に基づき概念的なモデルを提案します。希望は、さまざまな研究分野でさまざまな捉え方がなされています。それらを調査した結果、希望概念の本質を捉えることのできる2つの軸を抽出しました。1つ目が、希望という精神状態に関する軸で、目標設定やそこに至る経路のような認知的なものと、恐怖や開かれのような感情的なものがあります。希望はその双方として扱うことができます。2つ目が、希望の形成プロセスに関する軸で、そこには過去の自己を評価する方向性と、未来に向けて自己を投射する投企的な方向性があります。希望の形成にはその2つが必要です。以上の結果を、サービス研究の文脈に適用し、演繹的にサービス交換を継続する推進力を導出しました。

参考:希望の定義例
・目標に到達できるという期待(Stotland, 1969)
・来るべき未来の状況に明るさがあるという感知に伴う快調をおびた感情(北村, 1983)
・相互に関連するエージェンシーと経路の2つの信念により導かれる前向きな動機づけの状態(Snyder, 1991)
・(超越的希望)不確実性を受け入れ、変化や新しい物事に開かれた状態(Lawrence & Maitlis, 2012)

提案

既存研究における希望概念は個人主義的なところがあります。サービス研究の文脈に適用するうえで、本研究では、希望を個人に内在するものでも、逆に他力本願的なものでもなく、相互依存的な関係性のなかで立ち現れる能力(Capability)として扱います。なぜなら、個人の能力だけに頼り切りになることが、ウェルビーイングに関わる様々な問題を浮上させてきたからです。本研究では希望する能力を、生活者とサービス提供者の関係性において発揮されるサービス交換の継続能力と定義し、構想、省察、受容、励起の4つの能力を提示します。

  1. 認知-投企:構想する能力(Imaging)
    事前に目標を持ったりそれを達成するイメージを持ったりする能力
  2. 認知-評価:省察する能力(Reflecting)
    サービス交換の中で適切なリフレクションを行う能力
  3. 感情-評価:受容する能力(Appreciating)
    サービス交換の中で交換行為を成功体験として捉える能力
  4. 感情-投企:励起する能力(Energizing)
    これからのサービス交換を動機づける能力

これら4つの能力が連鎖的に発揮されることで、困難な状況、コントロールのできない状況に際しても絶望へと陥らずにサービス交換を継続させ、必要であれば目標をアップデートしつつウェルビーイングに近づいていけると考えます。それを描いたのが図中の渦巻です。本文4章では、予防歯科のサービス体験の例を描いて、これを説明していますので、ぜひご参照ください。

ディスカッション

本研究の貢献は、希望の概念を輸入して4つの能力を示したことと、それらの連鎖的な発揮によりサービス交換が継続されることをモデル化したことの2点だと考えます。サービス倫理は、希望を維持するための営為であり、また希望によって保たれるものでもあると考えられます。今後の方向性としては、(1) 希望する能力の発揮を測る方法の確立と、(2) 生活者を中心にして二者間の関係よりも広い視点で考察を深めることを考えています。このあたりについてコメントや示唆をいただけるとありがたいです。

考えてみたい方向けの文献情報

サービス倫理

  • Anderson, L., Spanjol, J., Jefferies, J. G., Ostrom, A. L., Nations Baker, C., Bone, S. A., … Rapp, J. M. (2016). Responsibility and Well-Being: Resource Integration Under Responsibilization in Expert Services. Journal of Public Policy & Marketing, 35(2), 262–279. https://doi.org/10.1509/jppm.15.140
  • Parsons, E., Kearney, T., Surman, E., Cappellini, B., Moffat, S., Harman, V., & Scheurenbrand, K. (2021). Who really cares? Introducing an ‘Ethics of Care’ to debates on transformative value co-creation. Journal of Business Research, 122 (February), 794–804. https://doi.org/10.1016/j.jbusres.2020.06.058
  • Varman, R., Vijay, D., & Skålén, P. (2021). The Conflicting Conventions of Care: Transformative Service as Justice and Agape. Journal of Service Research, Online first. https://doi.org/10.1177/10946705211018503

希望

  • Stotland, E. (1969). The psychology of hope. Jossey-Bass.
  • 北村晴郎 (1983). 希望の心理―自分を生かす―, 金子書房.
  • Snyder, C. R., Harris, C., Anderson, J. R., Holleran, S. A., Irving, L. M., Sigmon, S. T., … Harney, P. (1991). The will and the ways: Development and validation of an individual-differences measure of hope. Journal of Personality and Social Psychology, 60(4), 570–585. https://doi.org/10.1037/0022-3514.60.4.570
  • Lawrence, T. B., & Maitlis, S. (2012). Care and possibility: Enacting an ethic of care through narrative practice. Academy of Management Review, 37(4), 641–663. https://doi.org/10.5465/amr.2010.0466

謝辞

本研究は、academist Grant×Santenの助成を受けて実施したものです。また、本研究の一部はJSPS科研費20K20128の助成を受けて実施したものです。ここに謝意を記します。

ホー、根本が academist Grant × Santen に採択されました

本コミュニティ主宰のホー、根本が、academist Grant × Santenによる「”人々の幸せ”を定量化」するための研究助成に採択されました。

研究テーマ
希望のチカラ:人の持続的成長を支える見通し機序の解明

概要
現代社会においては将来を見通し計画を実行する能力が個人の成長のために不可欠であり、これは自らがWell-beingに向かうための基本能力となる。この見通し能力は「希望」と呼ばれる。本研究では、個人の成長に伴走するサービスを対象に、希望が発現するメカニズムを明らかにすることを目的とする。

助成額
150万円

研究体制
代表者:ホー バック
分担者:根本 裕太郎

[外部リンク] academist Grant × Santen
https://academist-cf.com/companies/santen
https://www.corp.academist-cf.com/post/press210914

WithコロナにおけるTSR

新型コロナウィルス(COVID-19)の流行は,サービス産業界に留まらず,地域や家庭のような広義のサービスエコシステムにも影響を及ぼしています.例えば,

  • 子供への公教育が滞るなか,子供の健やかな成長のために地域のサービスシステムはどのような役割がもとめられるのだろうか?
  • テレワークによって生活と仕事の場が一体となった状況で,家庭内の共創的コミュニケーションをどう進めていけばいいのだろうか?
  • 物理的な社会的サポートを得にくい中で,高齢者が日々の生活を孤独感なく営めるためにはどのような新たなサポートが必要だろうか?

これらは,我々が人間として・社会として,困難に打ち克ち,より良く生きていくために重要な問いです.サービス研究の一分野にはそうした問いをもとに価値共創や活動主体の行動変革の視点から研究をする,Transformative Service Research (TSR)があります.

我々はTSRとしての一連の研究から,サービス活動に少しの視点を追加することで,関係者の行動変革,とりわけ利他的行動を生み出せる可能性を見出し,それをサービスのデザイン枠組みとして構想してきました.利他的行動は,外出自粛やマスク着用のように,自分が感染するリスクの回避はもとより,他者に移さないようにする行動であり,感染の拡大を押さえる最も重要な要素の1つです.

また,感染拡大の混乱の中でなぜ社会の安全を脅かす価値破壊的行動が起こるのかについても考えています.例えば,意図的な伝染を誘発する暴挙や,SNSを通じた悪質なコロナチャレンジや買い占め扇動,自分ごと化の欠如による3密の非回避など,伝染を顧みない逸脱行動およびその連鎖も見られます.こういった行動は複雑化したサービスシステムでは起こりうるものです.時に意図的であり,時に意図しない結果を生み出すような価値共破壊の発端にはリテラシーの課題や恐怖の感情,信頼性の欠如といった要素が関係していることを見出しています.

日本TSRコミュニティは,ここで記したような研究の成果や関連研究の知見をまとめ,これからのサービスの研究や実践に求められる視点や重要な問いを発信していく予定です.当たり前のようにできていた価値共創が何らかの原因で破壊されたとき,それを単に補強するのではなく,人間にとって・人間が生きていくうえでの社会ひいては自然生態系にとって何が求められるかを考えていきます.

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